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 >>はじめての石見銀山 >世界遺産たる価値
 はじめての石見銀山 タイトル−世界遺産たる価値

石見銀山は、世界遺産の地であって、観光地ではない。
観光地というには、ハードに、ソフトに、多々要件に欠ける。

歴史の中の石見銀山が、世界史に大航海時代と呼ばれる、地球規模の大きな
時代のうねりの中の一角にあったことを知り、産出した石見銀が及ぼしもたらした
影響や効果、それを生み出した技術や知恵などを、現地の遺跡・遺物・文献など
から確認し、理解し、学ぶところだ。

そこで、産業遺産・石見銀山遺跡の「世界遺産たる価値」について、改めて確認
しておきたい。

1) 石見銀山で生産された良質で大量の石見銀は、広く東アジアに輸出され、
やがてヨーロッパ諸国との交易を生み、鉄砲やキリスト教の伝来などに代表され
る、東西の異文化交流をもたらしたこと。

2) 中国・朝鮮を介して技術移転された<灰吹法>と呼ぶ銀の精錬技術が、産業
的に実用化されたことで、現地生産が可能になり、しかも良質な銀の大量生産を
実現し、やがて国内の他の鉱山にも伝えられて、日本国内の銀の増産に繋がる
先進技術の魁であったこと。

3) ヨーロッパにおける産業革命後の新技術が、わが国に導入されたころには、
既に銀資源が枯渇して、鉱山活動が衰退していたため、今に残る遺跡の多くは、
開発初期から江戸時代にかけての前近代的な、わが国における伝統的な技術に
よる鉱山活動の痕跡が、破壊されることなく克明に、良好に残ること。

4)広大な遺跡エリアの中に、鉱山、鉱山街、物流街道、交易港などが含まれ、
銀の採掘・精錬から運搬・流通に関わる総体が過不足なく、しかも検証可能に
顕著に残されていること。

これらが、イコモスが検証し、ユネスコが認定した、石見銀山の「世界遺産たる
価値」だ。

proof

 ■石見銀山の概要
 ■名称の由来
 ■開発の歴史(1)
 ■開発の歴史(2)
 ■灰吹法とは
 □世界遺産たる価値

 
 龍源寺間歩について
 ■龍源寺間歩とは
 ■龍源寺間歩の内部(1)
 ■龍源寺間歩の内部(2)
 ■龍源寺間歩の内部(3)
 ■当時の採掘環境
 
 石見銀山あれこれ
 ■当時の人口について
 ■無駄にも思える大きな通路
 ■産出量・含有率
 ■坑内の明かり
 ■石見銀山ねずみとりの真実
 ■鉱山労働を支えた人々
 ■石見銀山の法制史
 
 動画でみる石見銀山
 ■石見銀山シリーズ(現13編)
 ■世界遺産センター紹介
 ■熊谷家住宅
 
 地元人の想い
 ■石見銀山の真の価値とは
 ■想い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 


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