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>>みちくさへの誘い > 復路(2) 蔵泉寺口番所跡〜清水寺 |
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往路(銀山公園 発) | ![]() 【 新切間歩 】 初めは、辺りの間歩の排水坑として掘られたものだが、代官所の開発資金を投じて掘るうちに、大鉱脈に突き当たり代官所の直営鉱山<御直山>として 大いに栄えた。よってこの間歩の内部は、鉱石の採掘・搬出用の坑道と、排水 用の坑道との上下二本が平行して走り、途中を竪坑で繋ぎ、疎水・通気を図っ たという。 入口への、川の飛び石と階段は、滑るので要注意だ。 【 清水寺 】 ここでは「 せいすいじ 」と読む。 何とも古い話で、あちこち良く解らないが、否定する根拠もないほどの、そんな 旧い記述によると、信心深い伝兵衛は、この寺に篭もり願を掛け、やがて観音 大成功した伝兵衛は、大量3,600貫(13トン)もの銀を運上し、この功績により、 せめてここで見えるものとしては、本堂を外から覗き見る、初代銀山奉行の 寺の再建の時に寄進した代官や地役人や有力商人たちの、極彩色の家紋を また、境内の石仏の並ぶお堂は、後に辺りにあったものを集めたものだ。 更には、裏山の朽ちた祠「天満宮」は、銀山開発初期に神屋寿禎らとともに、最初に入山し開発史に名を残す、掘り子 於紅孫右衛門を祀るものだと聞くが、 真偽の程は定かではない。 なお、地元石見神楽団の創作演目にもある、「於紅孫右衛門縁起」に残る |
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▽銀山公園
〜 ▽蔵泉寺口番所跡〜 ▽地役人遺宅 渡辺家〜 ▽下河原吹屋跡〜 ▽豊栄神社〜 ▽極楽寺〜 ▽山吹城大手口〜 ▽休役所跡〜 ▽白米ケ谷〜 ▽間歩群 甘南備坑〜 |
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復路(龍源寺間歩 発) | ||
▽順勝寺跡
〜 ▼新切間歩〜 ▽清水谷精錬所跡 ▽安養寺 鏝絵〜 ▽龍昌寺跡 宝篋印塔〜 ▽大安寺跡 逆修塔 ▽妙正寺跡〜
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